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yokoの忘備録

プチ留学2017冬のまとめ(今更!

どうも。プチきっての”ぶっちぎりダメ体験者”であろうよーこです。 多分私の体験談はあんまり参考にならないハズなんで読み飛ばしておっけー牧場なんですが、 奇跡的にリクエストをいただいてしまったので体験談を書いてみます。

えー、 宿代をドブ臭の中に捨てたり、 ぼったくりタクシーに遭ったり、 あつこさんにおんぶに抱っこでお世話になったり、 っていうダメ体験は前回までのブログに書きましたw

んで、今は素晴らしいガイドブックもあることだし、 ふつーに皆さんもっと上手にバンコク楽しめると思うんで、 学校のことなど書いてみようかと。

SISはご存知の通りムスリム系インターナショナルスクールなので、 授業はすべて英語で行われます。

なのに、 うちの場合3姉弟のうちふたりはまーーーーったく英語経験ゼロ! の状態で放り込みました。 ちょームボー。 でも なんとかなると思って w

少人数な学校だし、他の日本人の子もいるし。 それとラフィーザ先生と前日LINEをやりとりしていて、 その太っ腹な人柄に信頼をおけちゃえたっていうのもあります。

私「初日何時に行ったらいいの?」ラ「何時でも。」 私「子どもらに携帯持たせちゃダメ?」ラ「ダメ。頼むわー。」 私「おっけー。」ラ「理解してくれてさんきゅ。」

みたいなやりとりしかしてないですけどw てきとーな親だなー私;

まあ、SISの留学担当責任者であり、母であり、サイエンスの先生でもあるラフィーザが、 見ず知らずの日本人の子供達のために先生自ら給食作って待ってくれてるんです。 しかもめっちゃ美味しいと評判。 信じて間違いはない。ハズ。 ってかまじかー。 登校何時でもいいのかー。(?)

まあちゃんと当日常識的に朝のスナックタイム前に学校に連れて行ったんですけど。 1日目を終えた子供達の感想は、 「英語はぜーんぜん。わかんないけど、とにかく周りの子供が、こどもこどもしていて、息がしやすい。」 なるほどなーっ!と思いました。 人と比べるのが無意味なんですもん。皆肌の色も母国語も文化も違いすぎて。 入れられたクラスの勉強についていけなければ一個下のクラスに移動したりもふつうのこと。 ダメならダメでいい。その子のペースで成長すればいい。 疑いようもなく みんな同じでなきゃいけない日本の学校に比べて、そりゃ息がしやすいだろうなと思いました。 それでも休み時間は日本の学校と変わりなく(?) 男の子はサッカーに、女の子は追いかけっこやお喋りに花が咲くらしい。 ごくふつうの学校の風景だよね。

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学習内容は、中3長女によると、彼女が入ったクラスでは 算数は小5レベル。英語は中2くらいの文法。 理科は化学変化とか?物理変化などと言う馴染みのない英単語が出てきて、 なかなか難しかった!と言っていました。 小4次女は英語わかんないんで、黒板の英単語をひたすら書き取り、 タイ語の授業では初めてタイ文字を書けるようになったと 楽しそうに話してくれました。 4歳長男は泣いてばかりいたけど先生たちが一生懸命英語で慰めていてくれたみたいw

そんなこんなで、学校を去る日には、子供達は 「もっとSISに居たい!もっと英語を勉強したい!日本に戻るのが憂鬱だ」 と嘆くほどになっていました。

あと、学校のそばに、 ローカルの人向けのそれほど規模が大きくない市場があるんですけど。 (トラスト滞在のプチメン先輩ママに教えてもらった) 子供達を学校に送った帰りなんかにぜひ寄ってほしい! そこの食べ物はまじで度肝を抜く安さ美味さな上、 (肉まんみたいなしっとりパンにひき肉と野菜が挟まっているのが30バーツ、生春巻き20バーツ、カップケーキみたいなのごっそり一袋60バーツとかでした) (※1バーツ3円くらい) そこここに、野良犬や野良猫が寝そべってのんびりしていて、 屋台の人たちもモトサイのおじさん達もとても優しい。 お惣菜屋さんの美人お姉さんが、なぜか日本語が堪能で仲良くなってLINEを交換しました。 (ここのお惣菜屋さんの卵焼きが謎のおかひじきのような野菜が入っていて美味しかったです、あと首折れ鯖焼きも。お喋りに夢中で値段は覚えてないw)

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最高なのは、 毎日ですよ。御飯は屋台頼み、掃除はホテル頼み、洗濯屋さんもあるし、 ほぼ学校の送り迎え以外はやることがないっていう天国。 激安屋台飯楽しんだりカフェでまったりしたりマッサージ行ったり。 母とか妻とかパートタイマーとかっていう仮面を全部ポイして、 やっとひとりの人間に戻れた感じがしました。 そうしてじっくり子供たち一人一人に向き合うと、 今まで見えなかった良さがめっちゃ見えてくる。 それだけじゃない、初海外旅のパートナーとしてすごく協力してくれたし、 一緒に楽しんでくれたし、今までと違う絆が深まった気がしました。 親↘️子として管理すべき対象ではなく、 尊敬すべき尊い魂たちなんだなってしみじみ思いました。

もちろん、バンコクにはキラキラばかりじゃない小汚い景色はあるにはある。 でも慣れてしまえば、どこに行っても人も犬も猫も余裕がある。 あつこさんとるみさん達とアユタヤに向かう特急の中で有料指定席を黙って譲ってくれた人のことをずっと忘れない。 あつこさんはいいました。これもタンブン(徳をつむ)って考えなんじゃないかなって。 タイの人の親切は、自分がしたいからする、っていうスタンスなんだよ。だからお返ししなきゃ、とか気に病まなくて大丈夫。と。

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あとですね、プチ留学にくる人はいろんな意味でヤバいです。w あつこさんは強力な「ひとつなぎ能力者」だと思う。この辺りも詳しく書きたいけどまたいつか。

最後に一年の時を経て、新年の挨拶を返してくれたラフィーザの超絶律儀さと、(ムスリムにとって、ラマダン開けが新年なんだね) 北海道地震の心配をしてくれた屋台のお姉さんNitaとのやりとりを貼って〆にします。

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タイの思い出は、時間がたっても私を癒し元気付けてくれます。

バンコクに子供3人連れていったときのこと。その2 夢のような。

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前回からめっちゃ空きましたが、誰も読む人はいないと思うので忘備録的に。

2日目の朝、憂鬱な目覚めとともにまずはBooking.comを開き、 ちゃんと英語が通じて下水臭くない宿を確保。

宿代はキャンセル効かないプランで2週間分全部前払いしてしまったあとなので、 ここで1ヶ月の食費ほどを文字どおりドブに捨てた。(涙) さらに次の宿の代金がそれよりもかかる。(号泣)

しかし次の宿はカードが使えるはずなので、なんとかなるだろうとは思いつつ。 でも持ってたカードは使えず結局現金払いになり、素寒貧になったで御座る。チーン。

学び:海外で使えるであろうカードは何枚か持っていくべし!!JCBは使えないものと心得よ。

そのあと気分転換にあこがれの鼎泰豐に次女大好きな小籠包食べに行ったんだけど、 帰りにぼったくりタクシーに500バーツ取られた (TT) もう、2日目の昼にして、バンコクが大嫌いになっている自分と我が子たち。

以前娘がお世話になった、 フィリピン留学の凄腕母さんエージェントさんが言っていたんだけども、

「子連れの東南アジアは、とにかく宿をケチってはいけない。 プール付き、遊び場付き、できれば友達と一緒。それが最低ライン。 治安の悪さ、子連れの身動き取れなさは、すべからく金で解決する!!と 割り切って行かないと、後悔しますよ。」

って言われたけど、そのとーーーりいーーー!!って思った。

最初っから節約の旅なんか、まして子連れでもできる!と思うた自分が甘かっただけなんですけども。

そんなこんなで バンコク大嫌いな気持ちのまま、お金もないし、 2週間学校以外は宿に引きこもるであろうな、と確信した時に 突然の救いの手が。

前回の記事に登場したあつこさんに、 まさか留学イベント以外でプライベートで会えるとは思っていなかったので お電話いただいたときから、ありゃ、夢みたいだなー!!って思ってたけど 本当にご本人が、旦那さんとお子さんたちと颯爽と現れ、 (めっちゃ綺麗な人です。キュートな松たか子

お金を貸してくださった挙句、とても素敵なナイトマーケット(アジアティーク・ザ・リバー・フロント) に連れてってくださり、 美味なる初タイご飯を食べさせてくれました。

  • 人生初、風を切って走るトゥクトゥク
  • 人生初、からうまなタイ料理。
  • 人生初、チャオプラヤ川でボートに乗る。
  • 人生初、キラッキラのナイトマーケット。

夢じゃ〜 夢のような時間じゃ〜

あつこさん何が素敵ってご本人も優しい旦那さんもそうだけど、 お子さんたちが超スーパーミラクル賢いんですよ。

とにかく、めっちゃしゃべる。w 日本語タイ語英語ができる。 通っているインターのお話をしてくれるんだけども、 もんのすごく日本の小学校より、高度なことを勉強している、 小学生と喋っているけど内容は中学生レベル(しかも深い)。

なんかこう、日本の小学生が頑張っているベクトルと、 彼らが頑張っているベクトルが全然違うのを肌で感じた。

日本の小学生は、「先生や親や世間やクラスメイトが納得するために頑張る」プラス「自分のためにも頑張る」が要求されてる感じ。

彼らは純粋に100パーセント「自分の将来のために頑張る」感じ。

それと

ナイトマーケットのトルコアイスの屋台の兄さんは子供を笑わせてくれる技が神に近くて、 テンションだだ下がりだった子供達が ゲラゲラ笑って元気になって、まさに地獄から天国に来たようでした。

ぜひアジアティークに子連れでいく人があればトルコアイスの屋台、お勧めです。

なんていうか、 みんな素直に幸福を追求してて、それでいいんだよ、な雰囲気が満タンなんだなここは。

こんなところで子育てできたら夢のようだな〜と。

常に人の目を気にしなければならない日本の子育ての窮屈さを初めて外から実感しました。(続く)(まだ続くんかい)

バンコクに子供3人連れていったときのこと。その1

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※写真と本文は関係ありません。

もともとはフィリピンの英語学校にいくつもりでした。 3月までにどうしても 英語を話せるようになる必要があったから。 が、しかし。

とあるご縁が。

http://mamakaboss.hatenablog.com/entry/2017/09/05/025310

これは行くしかないとおもった。

バンコクのインターといえば、 とにかくハイレベルでおハイソな人たちのもので、 ふつーに英語喋れないニポン人の、ふつーの家庭のコドモが通えるところじゃあない。

それがひと月1万円ちょっと。

しかもムスリムのひとがつくった学校なので、 みんな英語は母語じゃない。 だからそんなに英語わかんなくても大丈夫だよ〜っていうゆるさ。

「おかねが足りなくて勉強できないこどもをなくしたい」 っていうのもいいですよね。

それよりなにより この学校を紹介してくれたのあつこさんに会いたかったていうのがありました。 すげーすげーずっと会いたかったひと。

んで、行きました。先月。 雪のちらつく中、母と子3人でタイのバンコクへ。

ドンムアン空港ついたらまず南国の蒸し暑い空気にびびりながら、 トラベロコで予約しておいた日本語の分かるドライバーさんに震える手で連絡。

海外旅行慣れたひとなら、普通にタクシー拾えよ?って言うかもしれませんが、

  • 子連れ大荷物かつ初海外でぼったくりタクシーに乗っちまう可能性と、

  • 見ず知らずのトラベロコに迎えに来てもらうのと、

どっちがいいか??  悩んだ結果、評価と顔の見えるほうでトラベロコにしました。

これがたまたまのタマタマ、めっちゃ当たりで、 元ムエタイチャンピオンのタイ人イケメンが来ました。 ほんとどうでもいいけどこれは自慢したいw

細マッチョなうえに優しくてコドモ好き。 荷物を軽々運んでくれ、 携帯電話会社のカウンターでは通訳もしてくれ、 最適なプランも選んでくれました。 んで無事タイで使えるSIMゲット。

車は綺麗なシ○ックの新車。革張りw ひょー! 高速代+1600バーツで宿まで送ってもらいました。 (高いw) 快適この上なかったですwwww

私たちが英語も下手でタイ語もちっとも分からず、 しかも宿はおもいくそローカルな場所で、 よっぽど心配だったのか 何度も「ここで大丈夫?」「ここ来た事あるの?」と確認されましたw。 「困った事があればいつでも電話してね」と携帯番号までくれ。 なんて優しいんだタイ人!!という第一印象。

しかし宿に着いた瞬間、それは裏切られますw

まず部屋がドブ臭い!! みためはオシャレで清潔なんだけど、 匂いに敏感な4歳児がおおおえええっってえずくほどの 下水の匂いが、バスルームからあがってきて部屋に充満してんすけど… ベッドは畳か?っちゅうくらい硬い。 しかーも ぜんぜん宿のひと英語わかんないんじゃん!!!! 宿のホームページには英語ばりばり通じますとあったのに。 「近所のデパートに買い物に行きたいんだけどタクシーよんで」 って言っても ぜーんぜん通じない。 GoogleMap見せても全然通じないw あげくなんか真顔でタイ語でまくしたててくる。

やべえ。 タイ語勉強してくるんだった。と血の気がひく。 これが2週間つづくのか…

(※GoogleMapは現地の言葉で表示されるように設定を変えておくべきだと思いました。)

拙いコミュニケーションによると、 宿のひとは、デパートがクローズしてる!みたいな事をいう。 でも現地時間は夕方17時、GoogleMapでは営業中ってなってるし、 定休日でもなさそう。 うーんってなってたら、近場でかわりに良い場所があるからそこ行きなよ! みたいなことを タイ語で言ってる(多分) んで、じゃあ、って宿のひとが呼んでくれたタクシーに乗り込んだ。

デパートは徒歩でも12分で着く距離なのに、 あれよあれよと車はずんずん逆方向へ行き、渋滞の渦に巻き込まれる。 20分たっても30分たってもぜーんぜん着かない。 むしろうす暗くて店とかなさそうな方向に行く。 てか運転手さん?どこ目指してんの?! えくすきゅーずみー、ほぇああーゆーごーいんぐとぅー? って言ってもマジ無視されてる。 やべえ、とコドモたちを見ると真っ青な顔で3人とも固まってる。 うわー (このままユーカイされちゃう?人身売買?臓器売られる?) とか悪い想像が脳内をかけめぐり 長女にちょっとどうしよう…って言ったら 一言。 「STOP HERE!!!!」と運転手さんに怒鳴った。

運転手さん 「STOP??ハァ??なんで??」と振り返る。 「おまえらセントラルワールドにいきたいんだろ?引き返していいのか?」 「いいえ、私たちはセントラルデパートラマ3に行きたいんです」 「宿のやつらはセントラルワールドに行けって言ったぞ?」 「いやまじでひきかえしてください」

ホッwww このときほど、去年長女を2週間フィリピンに英語留学させといてよかったと おもったことはなかったです。彼女は強気でいわなきゃ通じないと言うことを 学んだようだ。。

結局、渋滞の中をまた引き返してもらい、 あまりの申し訳なさに「ごめんなさい…(ちゃんと行き先確認しないで)」 って言ったら、苦笑いしながら 「仕事だからいいんだよ」って笑ってくれた運転手さんw

やっぱりタイ人いいひとやんけーーーー!!!(単純)

ってなったけども、 初日はそんなこんなで、 予定していた 宿のすぐそばの うますぎるというカオマンガイの屋台

行ってみる余裕もなく、 近場のTESCOとかいうホームセンターみたいなとこで マクドナルドを食べてドブ臭い宿に戻ったのでした。

つづく。

コミュ障がテレアポのバイトを始めて1ヶ月経った。

筋金入りのコミュ障である。 (※「コミュニケーション能力が障害レベルに著しく低い人」の略)

どんくらいかというと、 「知り合い」はいても、「友達」と呼べる人は1人もいないレベル。 会った瞬間、うわがっかり!!こいつチョロい!!って100%思うレベル。 集団で真っ先にいじめのターゲットになるタイプ。 数千人に1人の異常に親切な人が、「こいつかわいそう」って ごくたまに仲良くしてもらえるレベル。

そんな私もとある事情により、(海外へ行きたい!!)お金が必要になり、 家事と育児と家業の手伝いのかたわら、 気軽にできるダブルワークとしてテレアポ (※テレフォンアポインターの略、ようは電話営業) のバイトを始めたところ 大変これが学びになったので メモっておきたい。

まあテレアポなんで、まず 迷惑がられる。ガチャ切りされる。 嫌味の一つも投げつけられる。 怒鳴られる。 まあ、この辺はいじめとかモラルハラスメント経験し慣れてるおかげで余裕でスルーできる。 むしろ 悲しいご縁が一瞬で切れたんだな、と思うことにしてる。 延々続く嫌いな人との縁に比べたら、本当にありがてえな!!と思う。

んで、 電話が運よく切られなかったら、 今度は何を喋るかっつーのが ちゃんとフローチャートで用意されてる。 弊社も慣れたもんで、 ものすごいうまーい言い回しや、 断りづらい質問のパターンをいくつも用意してある。 しかも素晴らしいことに、 見積もりとか契約内容などの難しいハナシは全部、 営業マンに回していいってこと。

凄くこれってADHD(グレーゾーン)な私に向いてないですか?! f:id:ll_yoko_ll:20180131130253j:plain \(^o^)/ あとはずっと優秀な先輩方のテレアポ術をひたすら 聞き耳立てて聞いてみる。 ほうほう、

  • アナウンサーばりの美しい声&言葉づかいを駆使して相手を圧倒するパイセン

  • 理知的な優等生キャラで理路整然とプレゼンするパイセン

   * 元気なお姉さんキャラでガンガン攻めるパイセン

それぞれ自分のキャラを生かしてモンスターをハンターしている。

ようは 伝えるべきことだけちゃんと伝えて、 「次に繋げる」というゴールに最終的に行きつけば、 どんなルートを通ってもいいのだ。

会話とはゴールと戦略を意識するもの。

そこでふと 今までなんで世間話的な会話が苦手だったかというと、 ゴールがわからなかったからなんだな、 と思った。 ワイ本当にママ友界隈にありがちな、腹の探り合いみたいな会話が苦手で苦手で。 相手が何を望んでいるのか分からなくて、 馬鹿正直なこと言ってはドン引きされたり、良いことを言おうとして嫌われたり。 それは全部、会話のゴールを自分で設定してなかったからなんだと思う。 コミュ障で根暗でナメられようがなんだろうが、

伝えるべきことだけ伝えて、終わる! と言うことを意識して線引きしとけばよかったんだな、と気づいた。

そんなこんなで、 すごいパイセン方に囲まれたデスクで、 四面楚歌を聞く項羽の気持ちで、 震える手で電話を握りしめてテレアポの仕事を始めたものの、 なんと、ビギナーズラックなのか初日からアポが取れまくってしまった。 FPSに例えるとレベル1初期装備でギルデスレート0.5を超える成績を上げてしまった。 なかなかやるじゃんワシw これはハマるしかないゲームだと思った。

自信があればいいというが、自信なさげの方が逆に信用してもらえることも多い。

これは全く意外だったんだけど、 コミュ障根暗キャラでも、変に慣れた感じを出さない方が、よく話を聞いてもらえるように思った。 地元の敏腕経営者様って、だいたい人脈の豊かさで必要なものは揃っているから、 紹介のない営業営業した営業は秒でシャットアウトされる。 でもおずおずとしてると、こいつ金に困ってんのか?んじゃ手駒に使えるかな?みたいに思うのか ちょっと話聞いてもらえる。

逆に、大手企業の担当者様は、転勤族が多くて地の利に疎い。 だから自信のなさが逆に同調しやすいのか、丁寧にちゃんと最後まで話聞いてもらえる。

まあ、たまたま売ってるサービスが冬の北海道の必需品だったからかもしれないんだけど、。 自分に自信ないからこそ、商品の良さ、会社の良さをなるべく正確に相手に伝えようとは努力していました。

正確、といえば、

正直さと誠実さはベツモノ。

だなあということ。 営業電話をかけていて思ったのは、 こちらが10個の情報を伝えても、電話口で伝わるのはよくて4か3だと思いました。 受け取る相手の状況を見極めて、 適度に端折った物言いをしたり、オブラートに包んだり。 すると正直さや正確さとはどうしても離れてしまいます。

そんで、もちろん迷惑電話をかけているのは承知の上です。 正直で誠実な人なら、仕事といえどこんなこと絶対にしたくないことだと思う。

そこはどうやって割り切ったかというと私の場合、

「いきなり本当にごめん!! リストに乗ってるあなたも担当した私も何かのご縁だよね!?? お役に立てる縁なら繋ぎたいです!」

と、思い込むことでやり過ごしました。

相手企業をまずネットでリサーチして、極力迷惑にならない時間帯や曜日をちゃんと考えるのも大事だと思いました。 これは常識か。?

結論。

アポが取れた時の達成感と言ったらないし、

ゲーム感覚で気づきとお金が両方手に入るのでまじおすすめ。

そして、お給料明細に踊る「歩合給」の3文字に嬉しすぎて小躍りする。

まー周りのパイセン達がたまたま良い人で環境に恵まれてたのも多分にあります。ありがたいことだよね。 明日もがんばろ。

40歳のおばさんが16年ぶりに絵を描き始めた話。

2016年8月21日、16年と5ヶ月ぶりに絵を描いた。

きっかけは、PTAの仕事で、

プロの似顔絵師である年上のママ友さんに出会ったこと。

その人は、とても楽しそうに、いつでもどこでも絵を描いていた。

お喋りしながら、お茶を飲みながらでも。それこそ息をするように上手に絵を描くのだ。

 (すごいよね!

わたしは素敵だなあと思った人にはすぐ影響されるミーハーなところがあるので、

当然わたしも描きたい!!となった。

でもいろんなことを思い出し、すぐには描けなかった。

しばらくして

中学生の長女が、美術の課題を一緒に描こうよと声をかけてくれたんだったか、

16年と5ヶ月ぶりにデッサンしてみた。ボールペンで自分の目を描いた。

めっちゃ楽しい気持ちいい。

そのことに内心、腰を抜かすほど驚いた。

もう一生絵なんか描くまいとおもっていたから。

私は、2001年の3月、卒業制作を最後に絵を描くことを一切やめた。

16年間、砂場やメモ帳にラクガキくらいしか描いてないと思う。

大学の卒業制作講評会で、教授陣に深〜いため息をつかせてしまったことは、

今でも忘れられなくて。

まあしょうがない。

何にも考えずに現役で入学したはいいものの、

センスのなさ、努力とやる気の足りなさ、すべてが立派に落ちこぼれていて

あげく男関係のトラブルと経済的理由から2年休学し、

復学してからもバイトに明け暮れ、

課題で嫌々描くくらいしかしなかった。

美術科にいる意味の全くない6年間をなんとかかんとか、

教授のお情けで終えることができた。

んで卒業式の日に、

「もう自分は次の世代の肥やしになる以外のことはせず、絵は二度と描くまい。」

と決心。それから就職、家事育児仕事に追われて、

全部すっかり忘れていた。

40歳になった今思えば、

何を無駄に自分の中で勝手に自分を責めてハードルを高くしていたんだろうと思った。

こどもの描いたぐしゃぐしゃの絵だって、すてきだし、

石だってチョークだって砂だって立派な画材だし、

上手いとか下手とか時間かかってるとか技巧がすごいとかそういうのは全く関係がなくて

自分が良いならいいし、興味ないなら興味ないでいいんだってこと。

他人の評価を恐れて、好きなことに対して三味線をひくことが一番格好悪かった。

そんなこともこの歳にならないとわからなかった。

残念。すんごい残念な年月の過ごし方だと思う。

だから、絵を描く人だけじゃなく、

若い人に。

好きなことは、他人に評価されなくても食えなくてもいいから一所懸命、続けて欲しいなって思う。

それはとてもかっこいいことだし、

何より意味のある人生だと思うから。